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「記憶にない」「元社長が決めた」 元西松部長が連発(産経新聞)

 【小沢氏秘書 第2回公判】(6)

 《昼の休廷をはさみ、午後1時27分から、午後の公判が再開された。弁護人席の前に用意された長いすに腰掛け、目を閉じていた大久保隆規被告(48)は、開廷が宣言されると、かっと目を見開き、厳しい目つきで前を見つめた。休廷前に引き続き、証人として法廷に姿を現した西松建設の元総務部長兼経営企画部長は、しっかりとした足取りで証言席に向かうと、登石郁朗裁判長に向かって軽く頭を下げた後でゆっくり座った》

  [表で見る]岩手・秋田が突出230億円 西松建設が受注した公共工事

 《午前中、元総務部長兼経営企画部長は、小沢一郎民主党幹事長側に、どの政治団体を通して寄付するか「大久保被告と打ち合わせを行った」と証言。これに対し、弁護側は小沢氏の関係団体に献金してきた「新政治問題研究会」(新政研)と「未来産業研究会」(未来研)がダミー団体ではなく、実体のある政治団体であったことを強調しようと、繰り返し質問を行った。午後はまず、弁護側が質問に立ち、西松建設の下請け企業20社で組織された献金団体「松和会」について聞いていく》

 弁護人「『松和会』が立ち上がったのは平成9年ごろで間違いないですか」

 証人「はい。私は当時、東北支店の事務担当の次長でした」

 弁護人「誰が名称を決めたのですか」

 証人「○○(当時の元東北支店長の実名)が決めていたと聞いています。『西松』の『松』から付けたのではないかと思いますが、あまり聞いていないので…」

 弁護人「(業者の)メンバー集めは営業の人たちがしたのですか」

 証人「土木担当の次長か部長、建築担当の次長か部長だったと思います」

 弁護人「定員は決まっていましたか」

 証人「20社と○○から言われました」

 弁護人「会則を作ったようですが、事務局はどこにありましたか」

 証人「事務局はなかったと思います」

 《記憶が定かでないのか、元総務部長兼経営企画部長は首をかしげながらひねり出すように答えていく。考え込むようにうなる場面も目立ってきた》

 弁護人「会員名簿が小沢事務所に渡った経緯はどうなっているのですか」

 証人「○○か△△(当時の東北支店副支店長の実名)が小沢事務所に渡したのではないかと思います」

 《名簿には、20社の住所や責任者の名前、連絡先などが書かれていたという。さらに、弁護側は「松和会」の会合について質問する》

 弁護人「いつごろから、『懇親会』という会合が開かれていたのですか」

 証人「年数は覚えていないが、私が東京に来る前後ではなかったかと思います」

 弁護人「懇親会の頻度はどれくらい」

 証人「年に1回か2年に1回程度だったと…」

 弁護人「その席に出たことはありますか」

 証人「はい。出ていました」

 弁護人「場所はどこで行われていましたか」

 証人「全日空ホテルの中華料理店でやっていました。東京です」

 弁護人「どういう経緯で懇親会の開催が決まっていましたか」

 証人「正確には覚えていないが、ホテルの予定や決定を調整して決めていたのではないかと…。(会合は)小沢事務所との調整ではないかと思います…」  《証人は、その調整は当時の東北支店副支店長の△△氏が行っていたと説明する》

 弁護人「あなたが総務部長になってから(会合に)出席したことはありますか」

 証人「あります。東北支店の事務担当から聞いていました」

 弁護人「出席メンバーは?」

 証人「『松和会』のメンバー会社の代表クラス、西松の東北支店の幹部、本社の幹部、小沢事務所の数名だったと思います」

 弁護人「本社の幹部とは、具体的にはどんな人ですか」

 証人「副社長クラスが当社のトップで出ていました」

 《「その後、「松和会」については会員の会費納付が難しくなり、解散したと聞いた」と説明していく証人。これに対して、大久保被告は口を真一文字に結び、終始厳しい表情のままだ。続いて、質問はかつて小沢氏が党首だった自由党の政治資金団体「改革国民会議」に及んでいく》

 弁護人「『改革国民会議』の時代について聞きます。株式会社『西松(建設)』も献金していたのですね」

 証人「平成9年、平成10年のころ(の話ですか)」

 弁護人「はい」

 証人「そうですね。私も知っていました」

 弁護人「平成9年、10年ごろ、西松と(検察側がダミー団体と指摘する)新政研はどんな(献金の)割り振りでしたか」

 証人「具体的には記憶がありません」

 《証人は東京地検特捜部の調べに対しては西松建設の名前で800万円、新政研の名前で700万円を献金したと説明している》

 弁護人「西松の名前が献金から消えたのはいつごろですか」

 証人「はあ。見てみないと…」

 《細かい数字になると、思い出せないようだ》

 弁護人「『(当時)本社の事務本部長の国沢(幹雄元社長)に確認して、800万円と700万円を分けてくれと言われた』と供述記載がありますが」

 証人「記憶にありませんが、間違いないと思います」

 弁護人「西松の名前で寄付しなくなった理由はなんですか」

 証人「決めたのは私ではなく国沢の方針で決めたものなので、特に聞いていません」

 《厳しい質問が増え、元総務部長兼経営企画部長は目の前におかれたペットボトルを手に取り、ゴクリとひと口、水を飲んだ》

 弁護人「調書で、『あまり高い金額を西松名でやるのは、自民党との関係であまりよくないから、西松名でやるのはやめた』との供述記載がありますが」

 証人「決めるのは私ではなかった。記載があればそうだったのであろうが、私には記憶にありません」

 《検察側の主張では、平成11年まで献金元として名前があった西松建設に代わり、「グリーン開発」と「松栄不動産」の名前が献金元として出てくる。その点を、弁護側も聞いていく》

 弁護人「松栄不動産はどんな会社ですか」

 証人「子会社です」

 弁護人「この会社が献金したこともあった?」

 証人「何度か依頼していたのでありました」

 弁護人「依頼していたときのあなたの立場は?」

 証人「総務部長として『これ頼む』と(言いました)」

 《元総務部長兼経営企画部長は、首をグルグルと回した》

 弁護人「グリーン開発という会社にもあなたが指示をしましたか」

 証人「国沢に若干いれろと言われたので、私が指示しました」

 《午前中の法廷で、元総務部長兼経営企画部長は寄付をしていた西松側の新政研などを「こっちサイド」としてきた。さらに、この場で松栄不動産とグリーン開発は「こっちサイド」と強調した。記憶が不確かな部分も多かったせいか、弁護人も苦笑いを浮かべながら、質問を続けていた》

    =(7)に続く

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